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東京地方裁判所 昭和35年(行)114号 判決

原告 蜂須賀知恵子 外一名

被告 国

訴訟代理人 真鍋薫 外一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告らの申立

原告らが、蜂須賀正氏の昭和二七年度分の所得税及び再評価税につき、同人の相続人として熱海税務署長に対してした昭和三〇年一〇月二一日及び昭和三一年二月二四日付所得税修正確定申告(ただし、昭和三二年一二月七日及び昭和三三年四月四日付更正処分により減額された部分を除く。)及び再評価税修正申告は、いずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

二、被告の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、原告の請求原因

一、原告智恵子は蜂須賀正氏の妻、原告正子は同人の長女であるが、正氏は、昭和二八年三月一六日所轄の熱海税務署長に対し昭和二七年度分所得税につき譲渡所得額金一、八三六、七二五円として確定申告をし、同年度分再評価税につき個人の減価償却資産以外の資産等の再評価によるものとして、再評価額金七、〇八五、八六九円、再評価差額金六、四七四、九〇〇円と申告した後、同年五月一四日死亡し、原告らは相続人として、同人の権利義務を承継した。

二、弁護士馬場数馬は、昭和三〇年一〇月二一日付(同日受理)及び昭和三一年二月二四日付(同年四月七日受理)の二回にわたり、原告智恵子、同正子(正子は当時未成年者で、その法定代理人は親権者の智恵子である。)の代理人として、正氏の昭和二七年度分所得税及び再評価税について、熱海税務署長に対し次のとおり修正申告をした。

(イ)  昭和二七年度分所得税

昭和三〇年一〇月二一日申告額(円) 昭和三一年二月二四日申告額(円)

不動産所得     七〇八、四三〇          六一五、九三〇

利子所得      三〇〇、〇〇〇          三〇〇、〇〇〇

配当所得       一〇、五七三           一〇、五七三

雑所得         七、〇〇〇            七、〇〇〇

譲渡所得   二二、〇一九、六七七       二二、一一八、三一七

合計所得金額 二三、〇四五、六八〇       二三、〇五一、八二〇

算出税額   一一、七二八、二三〇       一一、七二八、四二〇

(ロ)  昭和二七年度分再評価税(個人の減価償却資産以外の資産等の再評価による)

昭和三〇年一〇月二一日申告額(円) 昭和三一年二月二四日申告額(円)

再評価額合計   四二、五二三、三〇八     四二、九三四、三〇八

再評価差額合計  三九、一一二、〇〇〇     三九、四四四、九〇〇

算出再評価税額合計 二、三四六、七二〇      二、三六六、六九〇

三、しかし右各修正申告は、次に述べる理由により、いずれも無効である。

1、右各修正申告は、馬場弁護士が原告らの代理人として行なつているが、原告らは、同弁護士にこれを委任したことはない。

税務代理について、税理士法第三〇条は、税理士は代理権限を明示する書面を税務官署に提出すべきこととし、同第三一条は、特別委任を要する事項を定めており、その趣旨は民事訴訟法第八〇条、第八一条と同様、手続の円滑安定を期するため代理権を画一、明確化することにあり、従つて代理権について書面による証明のない者のした行為は無権代理行為であり、またその証明は、個別的税務行為、たとえば税務申告についていえば、各税種ごと、各年度ごとに行なわれなければならない。原告らは、馬場弁護士に前記各修正申告を委任したことはなく、従つてこれにつき委任状を作成したこともないし前記各修正申告に当り、馬場弁護士の代理権を証する書面は提出されていないのであるから、各修正申告は、無権代理人の行なつたもので、無効である。

もつとも、正氏の昭和二六年度分所得税及び再評価税に対する昭和三〇年三月一五日付更正処分に対する再調査の請求につき、原告ら名義による馬場弁護士を代理人に選任する旨の委任状(乙第一号証)が熱海税務署長に提出されているが、これをもつて前記各修正申告についての委任状とすることのできないことは前述のとおりであり、しかも右委任状は、原告智恵子が渡米中知らない間に作成されたもので、同原告は帰国後前記更正額を減額し、相続税として課税するよう同弁護士が折衝する範囲で同弁護士に対する委任を了承したにすぎず、同弁護士が昭和二七年度分所得税及び再評価税について修正申告をすることを委任したことはないのである。

2、前記各修正申告は、主として、正氏が東京都港区芝三田綱町九番地ノ一所在の土地、建物(以下本件物件という。)を日本政府に譲渡したことによる所得とこれに伴なう資産の再評価額を増額して申告されたものである。右物件は終戦後政府によつて接収され、濠州政府の使用に供されていたところ、同政府より買取りの要望があつたため、日本政府が、外国政府の不動産に関する権利の取得に関する政令(昭和二四年政令第三一一号)により、いつたん所有権を取得することにして、その旨を正氏に交渉したが、その買受価額が金五七、五二四、三一〇円であつたのに対し、当時右物件につき不動産業者より金一二〇、〇〇〇、〇〇〇円により売渡しの勧誘があつたので、正氏としては、日本政府への売却を断わりたかつたが、政府が買収に応じなければ徴収すると述べ、かつ政府に売却すれば、これに伴なう課税を免除すると約したので、正氏は政府の申出を承諾した。即ち、日本政府と正氏との売買契約書(甲第二号証)第六項から明らかなとおり、政府は所有権移転登記の日以降に生ずる一切の租税公課を負担させない旨特約しており、右趣旨は本件物件の譲渡に伴なう所得税、再評価税を免除する趣旨を定めたものである。従つて前記各修正申告にかかる増差税額はすでに政府により課税が免除されているものであるから、右各修正申告によつて納付義務が発生することなく、右各修正申告は、この意味においても、無効といわねばならない。

3、前記各修正申告には、次のとおり要素の錯誤があり、無効である。

各修正申告は、本件物件の売却が昭和二七年中にあつたものとして、同年度分所得税及び再評価税について申告されているが、右譲渡は昭和二六年一二月に行なわれたものである。すなわち、本件物件中土地については、昭和二六年一二月二六日正氏より日本政府に所有権移転登記が行なわれ(甲第三号証)、建物について同日付で所有者名が変更され(甲第四号証)、同月二八日日本政府と正氏との間で売買契約書(甲第二号証)を作成すると同時に、代金全額が支払われ(甲第五号証の一、二)、さらに日本政府は、同日濠州政府との間に、本件物件の売買契約を締結している(甲第一号証)。

以上の事実によれば本件物件の譲渡が昭和二六年中に行なわれたものであることは明らかであるから、昭和二七年中に行なわれたものとする前記各修正申告は錯誤に基づくものであり、所得の帰属年度は、租税債権債務発生の重要な要素をなすものであるから、この点に錯誤のある申告は、要素の錯誤に基づく意思表示として無効である。

四、熱海税務署長は、前記各修正申告のうち所得税につき、昭和三二年一二月二七日譲渡所得を金一、六三九、八三五円減額し、昭和三三年四月四日同じく譲渡所得をさらに金九九五、三三五円減額する更正処分をしたが、残余について前記各修正申告を有効として、これに基づき滞納処分等を行なつている。

五、よつて、前記各修正申告のうち、前項の各更正処分により減額された部分を除き、その無効の確認を求める。

第三、請求原因に対する答弁と被告の主張

一、原告らの請求原因第一、第二項及び第四項の事実を認め、その余を争う。

二、原告らが問題の各修正申告をするに至つた事情は、次のとおりである。

原告ら先代蜂須賀正氏は、東京都港区芝三田綱町所在の本件物件を譲渡しながら、同人からも同人の相続人である原告らからも、その譲渡所得等につき、なんの申告もされなかつたところ、熱海税務署長は、昭和三〇年初頃会計検査院、関東財務局東京法務局芝出張所等からの連絡又は回答によつて、この譲渡の事実を知り、原告らに対してその詳細を明らかにするよう求めた。これに対し、原告らは、弁護士馬場数馬を代理人に選任し(乙第一号証)、同弁護士を通じて譲渡の事実を認め、その所得を昭和二六年度分の所得として期限後申告すると申し出たが、昭和三〇年三月一五日になつても申告する気配がみられなかつたので、同署長はすでに蒐集した資料に基づき、譲渡の日時を昭和二六年一二月二八日、代金五七、五二四、三一〇円と認定し、昭和三〇年三月一五日付で正氏の昭和二六年度分の所得税及び再評価税につき、法定処分を行なつた。

右各決定に対し、昭和三〇年四月九日原告らから馬場弁護士を代理人として、所得税につき再調査の請求、再評価税につき審査の請求が行なわれ、前者はいわゆる「みなす審査」の請求として、後者とともに名古屋国税局長のもとで審査されることとなつたが、原告らの不服の要旨は、本件物件の譲渡は、濠州政府の該物件取得を目的とするもので、日本政府がこれを買い受けたのは、法令の制約による形式的なものにすぎないから、日本政府から濠州政府への売渡しが確定するまでは正氏の譲渡も確定的に成立しないものというべきところ、日本政府から濠州政府への売渡しは昭和二七年になつて行なわれ、その結果正氏が譲渡代金を受領したのは昭和二七年一〇月末であつたのであるから、本件物件の譲渡による所得の発生は、昭和二七年中であるというにあつた。

そこで同弁護士から提出された資料その他の資料を検討した結果、本件物件の譲渡は、原告ら主張どおり昭和二七年中に行なわれたものと判断され、かつ原告ら代理人馬場弁護士より昭和二六年度分とする課税が取り消されれば、原告らにおいてこれと同時に右譲渡による所得を昭和二七年とする修正申告書を提出する旨の申出があつたところから、昭和三〇年一〇月二一日昭和二六年度分所得税及び再評価税の取消処分が行なわれるとともに、原告ら代理人馬場弁護士より昭和二七年度分所得税及び再評価税につき、問題の各修正申告が行なわれたのである。

三、原告らの各修正申告には無効原因はない。

1、原告らは、馬場弁護士の行為は無権代理行為であると主張するが、右の経過から明らかなとおり、同弁護士は原告らの委任を受けて、各修正申告をしたものである。

2、また原告らは、日本政府が本件物件の譲渡に伴なう所得税を免除する特約をしたと主張するが、正氏と日本政府との売買契約書(甲第二号証)の文言自体からしてかかる特約のなかつたことは明白であり、しかも税務行政を担当していない関東財務局長(右契約の日本政府代表)が、このような特約をすることはあり得ないことである。

3、さらに原告らは、各修正申告は所得の帰属年度について錯誤があり無効であると主張するが、すでに述べたとおり、本件物件の譲渡は昭和二七年中であるから、所得の帰属年度に錯誤はなく、仮りにこの点に原告ら主張のような錯誤があつたとしても、それは原告ら及びその代理人の馬場弁護士の重大な過失に基づくものであることは、前記の経緯より明らかであり、原告らがこれを主張することは許されない。そればかりでなく、申告に錯誤があつた場合には、その是正は法規の定めるところに従つた更正の請求の手続によつて請求すべきものであり、右手続によらずして錯誤を主張することは許されないものといわねばならない。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

一、馬場弁護士の代理権について。

当事者間に争いのない事実と証人中村徹二、同古川寛、同永峰ヨネの各証言によれば、昭和三〇年初頃熱海税務署より原告らに対して、正氏の本件物件の譲渡に伴なう、所得税等について照会があり、当時原告智恵子が渡米中で不在であつたため(原告正子は未成年者で、母親の原告智恵子がその法定代理人であつた。)、原告智恵子の実母である永峰ヨネが蜂須賀正氏の生前同人より委任を受けて事件を処理したことのある弁護士馬場数馬に対し、前記譲渡にかかるものを含め、正氏の租税に関する税務処理一切を委任し、昭和三〇年二月一八日頃永峰ヨネが原告ら名義で右趣旨の委任状(乙第一号証)を作成したが、同年三月一五日本件物件の譲渡が昭和二六年中に行なわれたとの認定の下に、正氏の同年度分所得税及び再評価税について決定処分が行なわれ、これに対し、同弁護士より原告らの代理人として不服の申立があり、名古屋国税局長のもとで審査が行なわれていたところ、同年七月一一日帰国した原告智恵子は、永峰ヨネより馬場弁護士が正氏の前記譲渡等にかかる税務関係について、代理人としてこれを処理していることを知らされ、格別異議を唱えることなく、同弁護士が原告らの代理人として行動することを承認し、さらに名古屋国税局係官らが、前記審査について原告宅を訪問し、前記譲渡を昭和二七年中として税務関係を処理することを告げた際にも、原告智恵子は、永峰ヨネ馬場弁護士とともに同席していたことが認められ、原告智恵子本人尋問の結果は右認定を覆すに足らず、他に右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、原告智恵子(原告正子の法定代理人としても)は、正氏にかかる税務関係につき、その一切の処理を馬場弁護士に委任し、同弁護士は、原告らの代理人として、問題の各修正申告をする権限を付与されていたものと認めるのが相当である。もつとも、証人永峰ヨネの証言及び原告智恵子本人尋問の結果によれば、同人らは永らく米国に居住し、我国の税制にうとく、また正氏の本件物件譲渡当時不在であつたことなどよりして、右譲渡に関する納税義務の発生を疑つていたのに、この点について馬場弁護士が同人らに十分説明しなかつたため、同弁護士との間に意思の疎通に欠ける点がなかつたわけではないことは認められるが、前述のように正氏の租税に関する税務処理一切につき同弁護士に代理権が与えられていたと認められる以上、代理人と本人との間の内部関係において右のような事情があるからといつて、これによつて直ちに同弁護士の代理権の範囲及び代理行為の効力に消長をもたらすものとはいえない。

原告らは、税理士法第三〇条、第三一条を根拠に、問題の各修正申告につき原告らの委任状が付されていないから、馬場弁護士の申告は無権代理行為であると主張するところ、原告ら名義の委任状(乙第一号証)は、乙第二号証の契印と対比するとき、昭和二六年度分所得税及び再評価税等に対する再調査請求書(乙第二号証)に添付されていたものと認められ、従つて、右委任状をもつて、問題の各修正申告に関する税理士法第三〇条の委任状と解することは困難であるが、税理士法第三〇条が税務代理につき代理権限を明示する書面の提出を定めたのは、税務官署において、代理権の存否の判断を容易ならしめ、もつて税務手続の安定、迅速を確保する趣旨に出たものと解すべく、従つて、かかる書面の提出がなければ、税務官署は代理行為を拒絶することは許されるが、代理権限を証する書面の提出を欠く税務代理行為であつても、税務官署でこれを認め、かつ真実代理権限が存する場合には、すでになされた税務代理行為を無権代理行為と解すべきものではなく、この点の原告らの主張は採用できない。

二、租税免除の特約について。

原告らは、本件物件の譲渡に当たり、日本政府が譲渡にかかる所得税等の租税を免除する特約をしたと主張するが、右主張にそう原告智恵子本人尋問の結果は措信し難く、証人永峰ヨネ同松方正広の各証言も右事実を認めるに足らず、原告らの指摘する契約書(甲第二号証)第六項は、租税等の負担関係を契約日によらず所有権移転登記の日(なお、同契約書第四項参照)の前後によつて、それぞれ売主及び買主の負担とする趣旨を示したもので、ただ右契約による買主が日本政府であり、租税を負担することがないので、買主の負担が記載されず、登記の日前の売主の負担だけが明記されたにすぎないものと解され、右条項をもつて、正氏に対し日本政府が譲渡にかかる所得税等を免除したものと認める余地はない。そればかりでなく、そもそも租税等の免除は、法律の根拠がある場合にのみ許されるのであるから(財政法第八条)、日本政府が法律の根拠なしに租税の免除を特約するようなことはあり得ないものといわねばならない。よつて、この点の原告らの主張も理由がない。

三、錯誤について。

原告らは、問題の各修正申告は、所得の発生年度の点に錯誤があり、無効であると主張する。

所得税、再評価税のように申告納税制度がとられている場合に、錯誤等により税額を過大に申告した場合の是正について、昭和二七年度分所得税につき適用のある所得税法(以下、単に所得税法という。)第二七条第六項は、確定申告書につき、その提出期限後一箇月以内に限り更正の請求を認め、修正確定申告書についてはなんらの規定を置かず、昭和二七年度分再評価税につき適用のある資産再評価法(以下単に資産再評価法という。)第四八条第三項は、個人の減価償却資産以外の資産等の再評価の申告につき、更正処分の通知があるまで、申告を修正する修正申告書を提出できるものと定めている。

これらの規定の趣旨は、申告納税制度が、本来民主的かつ能率的な租税行政の運営のため、自己の所得等を最もよく知る納税者の自主的申告に、租税債務確定の効果を認め、これに基づき爾後の納付、徴収の手続を進めることを予定した制度であるところから、申告後相当期間を経過した後に、申告の効力が争われ、その効果が否定されることとなると、申告に基づいて行なわれた爾後の手続もすべて覆えることとなつて、毎年大量の事務を迅速に処理すべきことが要請されている税務行政の円滑な運営を著るしく阻害することになり、ひいては申告納税制度の根幹をゆるがす結果となるところから、一般に行政処分について不服申立期間ないし出訴期間を法定し、右期間経過後原則として当該処分の効力を争えないものとするのと同様に、申告についても、一定の期間、特定の手続に従つてのみ是正し得るものとすることにそのねらいがあるものと解するのが相当である。従つていつたんなされた申告は、原則として租税法規に定められた手続に従つてのみこれを是正することが許され、右手続によらず、民法第九五条の錯誤の規定のみを根拠に、その無効を主張することは許されないものといわねばならない。もつとも、かような見解をとるときは、現行租税法上修正申告については、前述のところから明らかなとおり、もはやこれを是正する途がないこととなるが、修正申告がすでにした確定申告の内容を再検討した上行なわれるもので、確定申告の場合と異なり申告の期限も定められておらず、納税者としては十分その内容を吟味してこれを行なうべきことが予想される以上、修正申告を原則として争い得ないものとの見解を採ることが納税者に不当に不利益を課すものとはいえない。(なお、以上の見解に対しては、確定申告書による税額等を増額する修正申告書の提出は、更正の通知があるまでいつでもこれをすることができ(所得税法第二七条第一項)、また確定申告に対する更正処分は、期間が極めて長期(所得税については、所得税法第四六条の三第一項は原則として更正期間を確定申告書提出期限後三年以内とし、資産再評価法は、個人の減価償却資産以外の資産等の再評価の申告については、更正期間につき特段の規定を置かない。)であることよりして、確定申告による税額等を減ずる場合についてのみ、確定申告の早期確定をいうことは当らないとの反論があるかも知れないが、確定申告を増額する修正申告、更正の場合は、確定申告の効力を否認するものではなく、これに新たに増差額を付加するに過ぎず、またいわゆる減額更正は、税務官署が進んで納税者の利益のために行なうもので、納税者による確定申告の効力の否認の場合のように、申告納税制度の本旨と相反するものではないから、これを同一に論ずることはできず、結局以上のような理由をもつてしては、前記見解の正当性を左右できない。)

以上述べたとおり、申告については、原則として法が特に定めた手続によつてのみこれを争い得るにとどまるものと解すべきであるが、行政処分について、争訟期間を経過し、形式的に処分が確定した後にも、特にその処分の瑕疵が重大かつ明白であるような場合には、その効力を争うことが許されると同様、申告についても、申告内容の過誤の重大性、明白性、申告の過誤を生ずるに至つた原因、その他一切の事情をしんしやくして法規に定められた特定の手続によつてのみ申告の過誤を是正し得るものとすることが納税者にとつて極めて酷であり、著るしく課税の公正を害するというような特段の事情の存する場合には、なおその効力を否定することができるものと解するのが相当である。

そこで、かような見地から、問題の各修正申告の効力を否定すべきものかどうかを、瑕疵の態様、申告の経緯等について判断することとする。

原告らは、正氏が本件物件を日本政府に譲渡したのは、昭和二六年中であると主張するところ、成立に争いのない(甲第一号証及び甲第五号証の一、二については、原本の存在とその成立とも)甲第一ないし第四号証、同第五号証の一、二、同第一五号証の四、五によれば、本件物件について正氏と日本政府との契約書(甲第二号証)は、昭和二六年一二月二八日に作成され、同日さらに日本政府より濠州政府への売渡契約書(甲第一号証)が作成され、同日付で売買代金全額につき正氏の請求書(甲第五号証の一、同第一五号証の四)と領収書(甲第五号証の二、同第一五号証の五)が出されており、日本政府への土地の所有権移転登記手続は、同年一二月二六日に行なわれ(甲第三号証)、建物についても同日付で家屋台帳上の所有名義が日本政府に移されている(甲第四号証)ところからみれば、問題の物件の譲渡が昭和二六年中であつたと認めることもできるであろう。しかし、本件物件を日本政府が取得したのは、当時これを使用していた濠州政府が所有権の取得を希望したが、昭和二四年政令第三一一号により、外国政府が直接私人より不動産を取得することができなかつたため、日本政府が濠州政府のため形式的に所有名義を取得したにすぎず、これを実質的に見れば、正氏と濠州政府との売買と見るべきものであることは、証人古川寛の証言により明らかであるところ、甲第四号証によれば、濠州政府のための所有権移転登記手続は、昭和二七年三月四日に行なわれており、また、いずれも成立(乙第三ないし第六号証、第七号証の一、二については原本の存在と成立とも)に争いのない乙第三ないし第六号証、同第七号証の一、二、同第八号証によれば、正氏と濠州政府との間の本件物件譲渡に関する覚書(乙第三号証)には昭和二七年度(同年四月以降翌年三月迄)の固定資産税のうち権利移転前までの部分について特に約定があり、また東京特別調達局より本件物件を昭和二七年四月一日より引き続き一年間賃借する旨の賃貸借更新通知(乙第四号証)が同年三月二八日付で発せられ、同月一二日付で昭和二七年六月分までの賃借料支払通知(乙第五号証)が出されており、また正氏は昭和二七年一二月頃他に金二千万円を貸し付け(乙第六号証)、同年一一月頃熱海市の千坪以上の土地と建物を買い受け(乙第七号証の一、二)た事実が認められ、正氏の秘書は、昭和二八年八月二一日正氏の本件物件の譲渡を昭和二七年一二月と述べており(乙第八号証)、これらの事実によれば、前記日本政府による所有権の取得が、濠州政府のための形式的なものにすぎないことよりして、原告と濠州政府との実質上の売買は、昭和二七年中であつたと認めるのが相当であるようにも見える。従つて、本件物件の譲渡による所得の発生を昭和二六年、二七年のいずれと判断するかは、極めて微妙なところであつて、これを原告ら主張のように昭和二六年と判断すべきものとしても、これを昭和二七年としたことの誤りであることが明白であつたということはできない。そればかりでなく、譲渡の年度に関する申告の過誤は、通常、右譲渡に基づく所得の帰属年度に影響を来たすというにとどまり、譲渡に伴なう納税義務の発生そのものに消長を来たすものではなく、本来納税義務が発生しない場合に、誤つて多額の納税義務を負担するような申告をした場合などとは趣きを異にするものであつて、譲渡に関する事実をもつともよく知つているべきはずの申告人により進んで行なわれた申告の効力を否定して救済を認めねばならないほどに過誤が重大であると認めることはできない。

他方、原告らが問題の各修正申告をするに至つた経緯をみるに、当事者間に争いのない事実といずれも成立に争いのない甲第一七号証の一ないし三、乙第二号証、証人中村徹二、同古川寛の各証言とによれば、熱海税務署長は、正氏の本件物件の譲渡の事実を知り、昭和二八年頃より調査を開始したが、正氏が死亡したため、一時調査が滞り、さらに同人の死亡に伴なう相続税問題なども起つて、所得税等の処理が遅れることとなつたところ、昭和三〇年初頃よりその処理を急ぐこととなり、前記の経過で永峰ヨネにより選任された馬場弁護士と折衝が続けられたが、原告らより申告がなかつたので、熱海税務署長は、昭和三〇年三月一五日それまでに蒐集した資料に基づき、正氏の譲渡の日を昭和二六年一二月二八日と認定して、正氏の昭和二六年度分所得税及び再評価税について決定をしたところ、これらに対し、原告らより馬場弁護士を代理人として再調査の請求が出され(乙第二号証)、原告らは、右譲渡を昭和二七年と主張し前記乙第三ないし第六号証、同第七号証の一、二等の資料を提出し、本件物件の譲渡が実質上正氏より濠州政府に対するものであるという特殊性を強調したので、審査を担当した名古屋国税局長のもとにおいて、これら資料、その他を検討して、右譲渡を昭和二七年三月四日と認定替えすることを相当と判断し、右趣旨を馬場弁護士に伝えたところ、同弁護士は、昭和二六年度分所得税及び再評価税の前記各決定が取り消されるならば、右譲渡を昭和二七年とし、同年度分所得税及び再評価税について修正申告をする旨の申出があり、名古屋国税局長よりその旨熱海税務署長に指示し(甲第一七号証の二)、昭和三〇年一〇月二一日前記昭和二六年度分各決定の取消しとともに、原告ら代理人馬場弁護士より昭和二七年度分所得税及び再評価税について修正申告が行なわれ、さらに昭和三一年二月二四日付でこの一部を訂正する修正申告があり、その後右譲渡を昭和二六年とする課税処分が除斥期間の経過により不可能となつた、昭和三五年に至り、原告らは、再び譲渡を昭和二六年と主張して本訴を提起したこと(この事実は、記録上明らかである。)が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定した問題の各修正申告における瑕疵の態様、申告に至る経緯等を勘案すれば、原告らの各修正申告につき、その効力を否定しなければならない特段の事情があるものとはいえず結局この点の原告らの主張も理由がない。

四、結論

よつて、原告らの請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顯)

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